【1997年】

日本野球規則委員会は、去る2月5目、下記1項目を本年度の改正規則として発表しました。

(1) 2.73の「ひざ頭の上部のラインを下限とする」を「ひざ頭の下部のラインを下限とする」と改める。

これを受けた日本アマチュア野球規則委員会は、1週間後の2月12目に総会を開催。この改正文について種々討議を重ねた結果、次のアマチュア野球内規を新設することに決定しました。

  • アマチュア野球では、ストライクゾーンの下限に関してだけ、ボールの全体がひざ願の下部のラインより上方を通過したものとする。そこで本年は、このストライクゾーンの改正に関する経緯とアマチュア内規新設の理由についての説明をいたします。

2・73の改正

ストライクゾーンの下限はひざ頭上部からひざ頭下部のラインに

そもそもこの改正は、アメリカの規則書「オフィシャルベースボール・ルールス」(以下原文と記す)の改正に伴って行われたものです。1996年1月30日、ニューヨーク市で開催されたアメリカのルール委員会は、よりゲームのスピードアップ化を図る目的で、前年(1995年)までのストライクゾーンの低めに関する条文(巻末文献①参照)を破棄し、新しい(1996年)規則文(巻末文献②参照)を規則書に挿入することを決定しました。それは、直訳すると「膝蓋骨の下の窪みのラインを下限とする」というもので、明らかに低めゾーンの拡大化を図ったものでした。

ストライクゾーンの原文改正は、1988年以来8年ぶりのことです。この年の改正文(巻末文献③参照)は高めゾーンに関するもので、前年までの「わきの下」(巻末文献④参照)に定めていた高めゾーンの上限を、「打者の肩の上部とユニフォームのズボンの上部との中間点に引いた水平のライン」に改めたものでした。

常々、原文に出来るだけ忠実な規則書の作成を目指している日本野球規則委員会は、これらの改正を率直に受け止め、各々1年遅れで1989年と本年度(1997年)の日本野球規則書に、その新規改正文を掲載したわけです。プロ・アマを問わず野球の国際化が益々隆盛の一途を辿る今日、それは当然のことと言えるのです。

ただし、本年度の改正については、委員会において、前回の「高めゾーン」の改正のときよりも、はるかに様々な論議が交わされました。とくにアマ委員会では、今回の原文改正を受け入れた場合の多くの問題点が指摘され、これ以上の低めゾーンの拡大化を危倶する声が聞かれました。

その理由を要約しますと、おおよそ次のようなことになります。「1988年まで規則書に掲載されていたアマチュア独自の注釈文(巻末文献⑤参照、1985年までは我が国では~の書き出しで、プロ・アマを問わず採用)が撤廃されて以来、オリンピックをはじめとする国際試合の活性化にも刺激され、国内でもことさら低めゾーンの見直しが図られ、現場を預かる審判員もその方向で努力を重ねてきた。その結果、現在のゾーンがだいぶ低くなっている現象が起こっており、審判員諸氏の低めゾーンの感覚が、本年度の改正を先取りしているようにも見受けられる。それに加えて、今回の改正で、現在のその感覚をさらに下げようとする意識が芽生えて、もっと低めを取ろうというようなことになると、少なからず現場のプレイに混乱が生ずる可能性が高くなる」

以上のような理由から、アマ委員会としては、本年度の改正をどのように受け止め、理解し、適用していくのか、ということについて活発な意見が交換されたわけです。本年1月11日に開催されたプロ・アマ合同ルール委員会の席上でも、アマ側からこのことに関する考え方とアマ球界の現状が説明されました。これに応えて、プロ側からも誠に率直な意見が披露されました。それによりますと、プロもここ数年来、シーズン前に両リーグ会長を通じて「低めゾーンの見直しと徹底」を要求される通達がなされ、それを踏まえて現場サイドでは、ゾーン限界ギリギリまでの見直しと安定度を向上させる努力をしてきている。そして、それがようやく実りつつある時期にさしかかっている。したがって、今回の改正を意識することによる混乱をできるだけ避けたい、というものでした。このようなプロ側の見解は、今回の改正に対するアマ委員会の危倶と苦悩を解決する好材料となりました。それは、プロもアマも多少表現法には違いがあっても、対処の方法や考え方は同一線上にあると確認できたからです。

そこでアマ委員会としては、2月12日の総会で改めて討議を重ねて、「アマとしての取り決めをつくろう」という結論に達し、前記の[アマチュア野球内規]を新設することになったのです。つまり、アマ委員会としては「下限に関してだけは、今回改正になったラインに対して、ボール全体がかからなければストライクにしない」という内規を設けることにより、現在の多くの審判員が低めゾーンに対する感覚として身につけている判定力をことさら変えることをしなくてもよい、と判断したわけです。

今回のストライクゾーンの改正は、その判定の中でも最も難しいと言われている「低めゾーンの改正」です。ルールが変更されたから「ああ、そうですか」と言って、その翌日から規則書に記されている通りの判定を下せる審判員は皆無です。それは、昨年、新ストライクゾーンを採用したはずの大リーグの判定が、一昨年以前の判定とあまり変わっていないことを見ても明らかなことです。決められたストライクゾーンに則った判定を可能にするためには、日ごろから実際の投球に接する機会を数多くつくり、あらゆる工夫をして正しい判断に近づける努力を重ね、規則書に取り決められているストライクゾーンに最も近づく感性を、自分自身の頭脳と心の中に焼きつけなければならないのです。それにはある程度の時間が必要です。

アメリカでは、球審の能力を身につけたいのなら、「1年に20,000球の投球に接し、それを10年続けなさい」と言われています。試合だけを想定して単純に計算しても、1試合250球として、年に80試合の球審を務めなければなりません。それでやっと普通の能力が身につくということです。決して一流の能力とは言われていないのです。そのようなことを考えると、信頼される投球判定の感覚を身につけるには、とても遠い道のりを歩まねばならないことが理解されるのです。我々日本のアマチュアは、まだまだ甘いと言わざるを得ません。

ストライクゾーンは、規則の中での「心臓」部に当たる最も大切な取り決めです。人間の心臓の強弱がその人の体力の優劣を決めるように、ストライクゾーンは野球のパワーを決定づける大切な規則です。ゾーンの取り決めで、技術も戦術も記録もすべてが変わってしまいます。つまり、野球の生命の中枢部分なのです。そのことは、1963年に高めゾーンの上限が「打者の両肩まで」という極端な原文改正が発表され、審判員の判定技術にもプレイヤーのプレイにも大変な混乱をきたし、すぐに廃止になった歴史的経緯を見ても明らかです。

今回の原文改正で、我々が理解しておかなければならないことがもう1つあります。それは、アメリカのプロベースボール関係者とルール委員会が、ベースボールのナショナルゲームとしての地位と誇りを必死になって守り抜こうとする姿勢を見せているということです。アメリカには、ベーススボールと肩を並べる人気スポーツにフットボールやバスケットボール、アイスホッケーがあります。それらのスポーツは、すべて時間制限があってその中で勝敗の決着がつけられます。それと比べて、ベースボールは、決められたイニングを消化しないと決着がつかないのです。観客動員数に、常に神経をとがらせているプロベースボール関係者は、いつの時代にもスピーディーなゲーム展開のための方策を模索しているのです。常に、スピードアップを目標とした様々な提案が、関係者の間で取り交わされているのです。それが、ほかの人気スポーツに負けない活力の根源となり、具体的には今回の原文改正のような形となって現れるのです。

このようなアメリカのプロベースボールの根底に流れるプロスポーツ哲学は、プロ・アマを問わず、我が国の野球界にもどんどん取り入れられるべきなのです。それは、我が国の野球界の存亡を賭けた最も重要な課題が、いかに積極性あふれるスピーディーなゲームを行うかということにあるからなのです。

日本のアマ野球関係者も、どうか今回の原文規則改正をそのような意味からも受け止め、常にスピーディーなゲームを行おうとする意識を持ち、努力を重ねてくださるようにお願いいたします。また、アマ野球界の審判員諸氏は、ストライクゾーンを判断する大切さと難しさを是非とも真剣に考えて、その統一と確立を目指して努力をしていただきたいと思います。