【1998年】

日本野球規則委員会は、去る2月5日(木)、下記5項目を本年度の改正規則として発表しました。

(1)規則2.03を次のように改める。塁上に走者がいるときの、投手の反則行為である。その場合には、全走者に各一個の進塁を許す。

(2)6.08(b)【注五】「軟式野球でも、使用球の区別なく本項を適用する。」を削除する。

(3)8.02(a)(1)【注】「我が国では、投手が本項に違反した場合、本項ペナルティを適用しない。」を削除する。

(4)10.04(a)【注】「無死または一死で走者が一塁にあるときを除いて、捕手が第三ストライクを捕えないで一塁に送球して打者をアウトにする間に、三塁走者が得点した場合は、打者には打点を記録する。」を削除する。

(5)10.20(a)【注】「自チームが四点のリード(塁上に一走者)、五点のリード(塁上に二走者)、六点のリード(満塁で)のときに出場して、最低一イニングを投げた場合も、本項と何様に扱う。」を削除する。

以上、本年度の改正5項目は、いずれも原文(アメリカの規則書、オフィシャル・ベースボールス)の新規改正に伴うものではなく、我が国の規則委員会で提案された改正議題を慎重審議し、その中から委員全員の合意を得た項目を発表したものです。

その内訳は、本文の書き改めが一件(1)と、注釈文の削除が四件(2)一(5)で、(1)~(3)がプレイに関する項目、(4)、(5)が記録に関する項目となっています。規則改正が発表されますと、指導者やプレイヤーは、まず第一に、プレイに対して従来と異なった規則の適用上の解釈がなされているか否かに注目するのが常ですが、今回の改正は、そのような心配はいりません。昨年度と同じ解釈でよいわけです。

しかし、規則書の文章や内容が少しでも変わるということは、そこに何らかの理由があるわけで、野球の知識を深める意味では、やはり、それらの要点は理解しておく必要があろうかと考えます。そこで、今回はその改正の理由と経緯を中心に、各項目別に説明を記しておきます。

規則委員会の重点課題

世界に通用する一本化された野球規則書の作成を目指す

説明に入る前に、まず、現在の規則委員会が取り組んでいる重点課題について、簡単にその主旨を記しておきたいと思います。そのことが、今回の改正発表の総体的な理由にもつながるからです。

すでにご承知とは思いますが、現在、私たち日本野球規則委員会は、原文と日本訳との見直しに精力的に取り組んでいます(1994年度・規則書はしがき参照)。これは、プロ・アマともに我が球界が、間近に迫った新世紀に益々隆盛を極めるであろう国際化に備えて、規則の見直しを計り、世界に通用するグローバル・スタンダード(国際水準)としての規則の確立を目指そうとしているからなのです。野球が世界的に普及しつつある現況を考えるとき、その流れは当然と言わねばなりません。

そのためには、原文をしっかりと再読し、日本訳との再比較をつぶさに検討しながら、現場で起こりうるプレイに明快簡潔に適用できる、より原文に忠実な文章の作成、また、従来から委員会が規則の本文をより明確に理解してもらうために掲載していた【注】文や【問答】の再検討、および世界の野球先進国の各連盟で採用している内規文の内容と必要性の有無の検討などの作業を、世界各国の委員会と歩調を合わせながら進めていくことが必要となります。

これらの作業は、現在、着々と進められておりますが、「全世界に通用する一本化された野球規則書の作成」(1996年度・規則書はしがき参照)を最大の目的としての「原文の主旨と解釈が明快にしかもより忠実に伝えられる規則文の作成」「時代にそぐわない規則文の変更、削除」「規則書のスリム化(1995年度・規則書はしがき参照)などの目標の完成には、かなりの時間を必要とするのも事実です。

「急いては事をし損じる」の昔からのたとえがあるように、いま、規則委員会は、じっくりと地に足をつけながら、この課題達成に向かって進んでいます。

本年度の改正文も、そのような委員会の主旨に添った発表であるということを理解していただきたいと思います。

規則2.03の改正

ボークは投球上の行為のときだけ生じるものではない

投手のボークモーションについての誤った文章の表現を書き改めたものです。

昨年までは「走者が塁にあるときの、投手の投球上の反則行為である。」と記されていましたが、投手のボークモーションは、8.05(a)~(m)の13項目に定められている通り、投球上の行為のときだけに生じるものではありません。塁への送球モーションのときにも、投手板上か、あるいは、その付近での姿勢の作り方からもボークの規則の適用を受けることがあります。したがって、昨年までこの項で規定していた「投球上」という表現は間違っていたのです。そこで今年からより正しい言葉を使った表現に書き改めたわけです。

実は、この改正は、原文(巻末文献1、参照)の見直しの中で気がついたもので、原文では「投球上」という表現は一切使っていませんから、この改正は原文に則して書き改めたものと言えます。

6.08(b)【注五】の削除

硬式・軟式の区別なく当項を適用する理解は十分得られた

軟式野球のヒット・バイ・ピッチ(日本ではデッドボールという)に関する【注】文の削除です。

この【注五】の文章は1970年より規則書に挿入されたもので、それ以前の1969年までの規則書には「軟式野球規則」(巻末文献2、参照)として「B号ボール(準硬式球)使用以外の試合では当項規則[6.08(b)]は適用しない」との軟式野球独自の見解が掲載されていました。しかし、1969年度の規則書が発刊されてから間もなく「6.08(b)軟式野球規則とりかえ」(巻末文献3、参照)という追加規則が配布され、L、A、C号の各ボールを使用したときも当項を適用するとの通達がなされました。これにより、軟式野球のすべてのボールに対しても、硬式球と同じようにヒット・バイ・ピッチの規則が適用されることになったのです。

そこで、当時の規則委員会としては、規則適用の経緯を踏まえながら、混乱を避ける意味からも、1970年度より当項【注】文を規則書に掲載することにしたのです。それが実に27年間も続いたわけですが、近年、規則書のスリム化や国際化を目指している規則委員会は、「すでに我が国の球界では、硬式・軟式の区別なく当項を適用するという理解は十分得られている」との判断の下に、軟式野球連盟の合意を得て、当項の全文削除を決定したのです。

8.02(a)(1)【注】の削除

アマの国内試合における適用はいままで通り各団体や大会主催者の取り決めに委ねられる

 投手の禁止事項の【注】文の削除です。この【注】の文章は、1969年のアメリカの原文改正に伴って翌年の1970年より我が国の規則書に挿入されたもので、それ以来、今日まで続けて掲載されていたものです。

1969年までの我が国の規則書に記されていた【注】文は、「我が国では、投手が本項に違反した場合、本項ペナルティ(巻末文献4.参照)を適用せず、審判員はそのつど警告を発してボールを交換させる。」となっていました。しかし、1970年より原文に即した新規改正文[1997年度規則書の8.02(a)(1)およびペナルティと同一文]を掲載するに当たり、我が国の規則委員会は当項ペナルティは適用しないという決議を致しました。

これにはいくつかの理由が考えられますが、1)投手が投球する手を口や唇につけることは、アメリカの野球界に根づく独特の悪しき習慣で、日本ではそのような習性を持った投手はほとんど見受けられない。2)投手板を囲む18フィートの円が明確に示されていない球場が多い。3)敬遠作戦の多い日本では、違反行為でボールを宣告していたのではゲームに混乱をきたす。等々の諸事情を考慮してのことでした。

しかし、近年、国際化に伴う規則の見直しを計っている規則委員会は、「我が国の独自のルールや注釈はできるだけ取り除き、国際試合で戸惑うことのないよう改定していくことが必要」(1998年度・規則書はしがき参照)という考えに基づき、当項【注】の削除を決定したわけです。その理由の一端として、各種のアマの国際大会でも当項ペナルティは厳しく運用されていること、また、昨年大リーグに入団した伊良部投手が当項に関連した違反を繰り返し、たて続けにペナルティを取られたことなども起因していることは事実です。

この【注】文の削除により、日本球界でも原則としては当規則を適用していくことになるわけですが、アマの場合は、当規則を直ちに採用することには、多少の問題点(前述に記した2、3の理由など)もあり、それらも未だに考慮に入れる必要がありますので、当分の間は1986年度に再度設定されたアマ内規No.15(巻末文献5.参照)をあくまで優先して適用していこうとの確認がなされています。

これにより、アマチュアの国内試合における当規則の適用は、いままで通り各団体や各大会の主催者の取り決めに委ねられることになりました。またプロ側も、1969年までの【注】文を長年にわたって内規として採用してきた経緯があるので、当分は「ボールの交換」ということで対処していきたいとの意向を持っているようです。

しかし、せっかく世界の野球規則の統一を目指して改正された規則が、それぞれの組織の事情で採用されなければ、何の意味もなくなってしまいますので、現場の指導者やプレイヤーの方たちのなお一層の理解と協力を仰ぎ、一日も早く世界の規則を適用できるようにしなければならないと考えております。

10.04(a)【注】、10.20(a)【注】の削除

記録に関する久しぶりの改正、記録も重要な野球規則のひとつ

記録(ルールス・オプ・スコアリング)に関する【注】文の削除です。我が国の規則委員会が取り決めて、長い間規則書に載せていた記録に関する【注】文がアメリカを中心とする世界の野球界では採用されていないことが判ったためです。

10.04(a)【注】は「打点」に関する規則の、また、10.20(a)【注】は「救援投手のセーブの決定」に関する規則の【注】文です。このうち後者に関しては、我が国ではプロ野球だけが採用している記録法で、アマチュアではまったく採用されていないものです。

今回削除された「打点」に関する10.04(a)【注】文は、プロ側では既に、アマに先駆けて昨年(1997年)より採用していなかったとのことです。ただ、該当するプレイがシーズン中一度も起こらなかったために、選手の個人記録の適用に関しては、一昨年(1996年)と変わりがなかったと報告されています。国内の記録法を統一し、世界に共通した記録法が作られることは、規則委員会としても願うところですから、本年よりアマ側も何の異存も無くこれに同調する見解を示し、【注】文の削除となったわけです。

つまり、本年から「振り逃げ可能な場面で、捕手がその打者走者をアウトにしようと一塁へ送球している間に、三塁にいた走者がホームインしても、その打者走者には打点の記録を与えない」ということになりました。

10.20(a)【注】に関する「セーブポイント」の規則が規則書に初めて登場したのは、1969年です。しかし、我が国ではこの時点でこれをすぐに採用しようとする動きがみられず、当時の規則委員会は当項の後ろ一行に【注】《新》として「我が国では、本条を適用しない。」という一文を挿入しました。

この【注】文が規則書から消えたのは、それより5年後の1974年のことです。理由は、原文が一部改正されて算出方法がより明確に具体化され、我が国のプロ野球界にも、大リーグと同様にセーブの記録を投手に与えようとする気運が見え始めたからです。そして、その後の2年間の協議と研究の期間を経て、セ・リーグは1976年より、パ・リーグは1977年より「最優秀救援投手」の名の下に、セーブポイントを公式記録として算出するようになりました。

今回削除の対象となった【注】文は、1976年にセ・リーグが当規則の採用に踏み切った際に、規則委員会が作成して掲載した文ですが、最近のプロ側の調査で、ここに記されている算出基準が大リーグのそれと異なっていることが判明したのです。つまり、(b)頃との関連でも明確になりますが、この【注】文を削除することによって、塁上に一走者の場合は3点のリード、2人の場合は4点のリード、3人の場合は5点のリードが条件の基準となり、それが正しい算出基準であったのです。

したがって、本年度より、塁上に走者がいるときのセーブポイントの算出基準法は、昨年度より各状況ごとに1点ずつ減らされることになり、アメリカと同じ扱いとなったわけです。

以上、本年度の改正規則に関する理由と経緯についてポイントを解説しました。本年は、久しぶりに記録に関する改正発表があり、改めて「記録も大変重要な野球規則のひとつ」という認識を持たれたことと思います。

これからのスポーツは、正しく個人の成績の価値がいままでより一段と重要視される時代に突入します。その時にその能力が世界規模で多角的に平等に評価されることが何よりも大切です。そのためには、世界が統一した記録法を確立することが急務です。我が規則委員会もプレイのルールと平行して、記録の重要性も常に忘れずに勉強しなければと、意を新たにする昨今です。

皆様も、今年もまたプレイと記録の規則をしっかり学びながら、野球を精いっぱい楽しんでください。