【1994年】

日本野球規則委員会が発表した本年度の改正規則は、以下に記す五項目です。

(1)規則1.17【注三】の④を次のように改める。

【注三】④手袋およびリストバンドに商標などを表示する場合は、一個所に限定し、その大きさは、七平方㌢以下でなければならない。

(2)規則7.08(d)を次のように改める。

(d)フェア飛球、ファウル飛球が正規に捕らえられた後、走者が帰塁するまでに、野手に身体またはその塁に触球された場合。ただし、投手が打者へ次の一球を投じてしまうか、または、たとえ投球しなくてもその前にプレイをしたりプレイを企ててしまえば、帰塁をしていないという理由によって走者がアウトにされることはない。この場合は、アピールプレイである。

(3)規則7.10(a)【原注】の初めの二行を次のように改める。

【原注】ここでいう“リタッチ”とは捕球後、塁に触れた状態から次塁ヘスタートすることをいう。

(4)規則7.10(d)【注二】の二行目からを次のように改める。

【注二】アマチュア野球では試合終了の場合に限って、両チームが本塁に整列したとき。アピール権は消滅することとする。

(5)規則8.05に次の【原注】を加える。

【原注】ボークルールの日的は、投手が走者を意図的にだまそうとするのを防ぐためであることを、審判員は心に銘記しなければならない。

もし、審判員の判断で投手の“意図”に疑いを抱いたら、審判員は厳重に規則を適用すべきである。

以上の五項目の改正のうち、プレイに直接影響を及ぼすルールの変更は、(4)の7.10(d)に関する改正文だけで、その他の項目はいずれも、プレイヤーがプレイを行うために従来と異なった規則の適用解釈をしなければならないという改正ではありません。

すなわち、(1)は、わが国規則委員会が特別に取り決めている製造・販売業者の商標企画基準の変更であり、(2)および(3)は原文読解研究の成果で生じたアピールプレイに対する本文改正、また(5)は、従来からアメリカのルールブック(以下原文と記す)に掲載されていたボークルール適用の際の審判員への注意事項の新規挿入掲載、といった内容のものです。

したがって、競技に携わる監督やプレイヤーの皆さんは、本年度は、(4)についての一項目のみ理解をすれば十分事足りると考えてしまうかも知れませんが、自分自身が愛好するスポーツ競技の奥義を究めるには、どのような項目であっても、そこに定められている規則である以上、しっかりと理解を深めることは当然の義務であろうと思います。

特に、今回の(2)、(3)に関する本文の改正は、長い年月をかけて委員会が一丸となって原文講読研究に取り組んだ成果として高く評価できる、「アピールプレイ」を新しく定義づける大変重要な改正文です。

どうか以下の項目別の説明を熟読され、本年度の改正規則をしっかり理解してくださるようお願いいたします。

1.17【注三】の④

プレイと直接関わりないルールも規則書には記されている

規則1.17は、製造業者や販売業者が、競技用具に付着あるいは記入する商標などの大きさや内容などを規制している条文が記されている項目です。

しかし、この項の原文および本文では、その大きさや内容の規制については、何ら具体的な数値が示されておらず、ただ単に「不適当かつ過度な商業的宣伝が含まれず、妥当とされる範囲内のもの」という非常に抽象的な表現での定義しか掲載されておりません。

そこで、日本野球規則委員会では、様々な角度から商業宣伝に対する検討を行い、商標などの大きさや内容についての規則を設定、規則書に挿入しております。それが【注一】から【注三】に当たる規約文になっています。

そのうち【注三】には、様々な競技用具に付される宣伝商標の規格規制が五項目に分けて定められていますが、今回の改正は、その第4番目の項目にあたる「手袋およびリストバンド」に表示する商標企画の変更です。新・旧の規則を比較すれば一目瞭然ですが、昨年まではその大きさを、縦1㌢以下、横7㌢以下と規定していました。それを本年からは「7平方㌢以下」と変更したのです。つまり、端的に言えば、規制の対象を「長さ」から「面積」へ変更するということです。

実は、この改正は、競技用具の製造・販売業者からの要望に対して、規則委員会がそれを承認するという形で行われたものです。委員会では、近年のコマーシャリズムの問題点を鋭く指摘する様々な厳しい意見交換が行われましたが、結局、製造・販売業者側の要望を妥当なものとして受け入れることにしたわけです。したがって、本年からは、手袋やリストバンドにつける商標は7平方㌢以下であれば「2.3㌢×3㌢」や「3.5㌢×2㌢」などの形も可能になったわけです。

この(1)についての改正は、プレイのルールに何ら影響を与えるものではなく、また、高校野球ではこの二つの用具の使用を認めておりません。

このような結論だけを記してしまえば、それはそれで事足りるというふうになってしまいがちですが、このような改正を機に、現場の指導者やプレイヤーの方たちも規則書というものにはプレイのルール以外にも、その競技の運営ならびに発展に必要欠くべからざる様々な取り決めが掲載されているということを認識し、なぜそのような規則が存在しなければならないのかということを、ぜひ、真剣に考えてほしいと願っております。

指導者やプレイヤーがコマーシャリズムの問題に関する意識を高め、現代のスポーツ競技の発展に欠くことのできない要因となっているところの、組織やイベントや競技者個人と用具製造・販売業者との関わり方の問題をアマチュアとしてはそれぞれの立場から考えることは、必ず野球界の新しい思想の確立と発展に役立つものと信ずるからです。

7.08(d)、7.10(a)【原注】

従来の異訳を正すことによりアピールプレイとタイムプレイの概念が明確に

この改正はプレイのルールの適用に関する変更ではありませんが、「アピールプレイ」に対する解釈を新しく定義づけたものとして、注目に値する、とても大切な画期的な改正文です。

結論から記しますと、従来7.08(d)項によって理解されていた「飛.球が正規に捕らえられた後、走者が再度の触塁を果たそうと帰塁しつつあるとき、その走者をアウトにしようと野手が元の塁へ送球を試みるプレイはアピールプレイである」という解釈を撤廃し、このプレイはただ単に送球と走者の時間差を争う「タイムプレイ」として定義するというものです。

実は、このプレイをこのように結論づけるまでには、規則委員会が長い年月をかけて原文研究に大変な努力をするという経緯がありました。それは、委員会の先人たちがこの項の原文1)解釈に疑問を持ったときに端を発しているのです。その疑問とは、この原文の最後に記されている「これはアピールプレイである」という単純な一原文2)が、他の項目(規則書7.10、2.02)にうたわれているアピールプレイの基本理念と異なるのではないのかというものでした。つまり、この単純な一原文を他の関連項目と比較しながら解読した場合、当項原文のどこを指して定義づけられているものなのか、というきわめて率直な疑問から生じた研究課題でした。

そこから委員会の英知を結集する研究が始まったのです。もちろん、英文解釈に対する疑問ですから、委員の中にはアメリカや言語研究者と連絡を保ち、その意見を参考にしながら研究を重ねた者もおりました。

そのようなプロセスの詳細は、誌面の都合上、ここではとても記述することはできませんが、今回の結論に至った検討課題のポイントの大要を以下に記しておきますので、皆さんも規則書ならびに原文を対比参照しながら「アピールプレイ」に関する新解釈をしっかり理解してください。

①まず大前提として、アピールプレイの定義(規則書2.02)の原文3)に対する解釈の再検討を行い、アピールプレイとはあくまで「攻撃側チームの、規則に違反した行為を守備側チームが正すプレイ」を指していることを確認する。

②規則7.08(d)で使用されている「リタッチ」という言葉の語意の検討を定義(規則書2.65)の原文4)を中心として行い、関連する項目についても原文再読検証を行った結果、リタッチとは「走者が規則によって帰塁しなければならない塁へ帰塁する行為」をいい、その行為には<1>「走者が塁へ戻りつつある行為」と<2>「すでに戻ってしまっていて、次塁へ進もうとしている行為」の二つの行動があることを確認、と同時に、当項目7.08(d)で使用している「リタッチ」とは前者<1>の行動を指しているものであるとの結論を得る。

③アピールプレイの規則が記されている規則書7.10の原文の再読作業を行い、7.10(a)【原注】ていう「リタッチ」と7.08(d)でいう「リタッチ」の意味が異なること、および、従来の規則書に掲載されていた7.10(a)項の日本文【原注】が異訳であることを発見、この原文【原注】5)を正しい訳文(本年度改正規則第④項参照)に修正し、7.10でいう「リタッチ」の行為を、より明確に表現する。

④規則7.08(d)の原文の解読研究を進め、次の結論を得る。当項は、「次の場合、走者はアウトとなる」6)との走者アウトの規則が掲載されている頃なので、7.08(d)項全文に「これはアピールプレイである」の文章がかかるとの解釈は成立しない。ゆえに、原文中の後段の文章7)以下を指してアピールプレイを解釈するのが当然の理解である。したがって、従来の日本文規則書は異訳であり書き改める必要がある。

⑤規則7.08(d)の原文を正しく日本文として書き改めたことにより、当項前段8)と後段9)に記されている走者の行動がより明確に判別される結果となった。つまり、前段はモメントを争う普通のフィールドプレイ(今回の改正ではタイムプレイとして呼び名を統一)として、また後段はアピールプレイとして、各々プレイの範疇が確立されることになった。

以上が、当改正文を発表するまでに至った大略の要旨です。これでは少し大まかすぎて理解しにくいという人もいるかも知れませんので、最後にもうー度新しい解釈の主旨をできるだけ簡潔にまとめておきましょう。

「アピールプレイ」とは「あくまで攻撃側のプレイヤーが規則違反をした行為を正すプレイ」をいう。したがって、飛球が捕らえられた後、元の塁へ一生懸命に走って帰っていこうとする走者の行動は、規則どおりのプレイを続けている行動で、その走者をアウトにしようとして送球するプレイをアピールプレイとはいわない。これは普通のフィールドプレイ(アメリカではこの言葉を使う場合もある)、名づけて時間差を争う「タイムプレイ」である。走者が全く戻ろうとしないとき、あるいは戻る意思があっても戻ることを放棄した場合は「アピールプレイ」となる、ということです。なお、このことについていっそうの理解を深めるために、規則書140頁の【七・一○原注】10)の文章の意味も、原文11)とともにしっかり解読することをおすすめします。そして、このような改正文が発表されたことを契機として、ふだん何気なく行っているプレイでも、ぜひその奥義を考えることにも意を用い、いろいろなプレイがどのような理由で成立しているのか、あるいは、規則書の中の他の関連条文との意味をどう解釈すればよいのか、というような競技を理解する基盤となる知識をたくさん勉強してください。

(3)の改正は(2)の改正文の検討過程において必然的に生じた改正です。そのことは、ここまでに説明したとおりです。「アピールプレイ」を研究するために、7.10の原文解読作業を進めるうちに、この原文【原注】の異訳に気づき、できるだけ原文に忠実な日本文に書き換えるとともに、当項でうたっている「リタッチ」の意味を明確化したものです。したがって、(2)の改正についての説明を再読し、本年度の改正文と原文および昨年までの和文規則書の三者を比較しながら理解を深めてください。

7.10(d)【注二】

「試合終了宣告後に試合続行を命ずる」――そんな珍事の発生を防ぐのが狙い

この改正は、日本のアマチュア野球が特別に取り決めている、アピール権消滅の時期を変更するためのものです。前述のとおり、この改正だけが本年度唯一、プレイの解釈に新しい理解を注入しなければならないもので、実戦に携わる人にとっては最も注目しなければならない新規則といえるでしょう。

ご承知のように、アピール権の存続および消滅の時期に関する規則は、7.10(d)項(規則書139頁)に詳しく記されております。

しかし、日本のアマチュア野球では、試合終了時に両軍がホームプレートをはさみ整列をして挨拶を交わすという伝統的なよき習慣があるため、この時に限っては本文規則を適用できず、別に特別規則を設けて規則7.10(d)【注二】の後段に、それを定めています。ところが現実に次のようなプレイが出現し、咋年までの規則を適用するとはなはだおかしな試合状況となってしまうという問題が起こりました。その実際に起こったプレイを例題にしながら、改正理由を説明しましょう。

[例題]

最終回の裏、1点差で先攻チームがリード。後攻チームの最後の攻撃で一死満塁となり、スクイズプレイが行われた。しかし、打球は小飛球となり前進した三塁手がこれを捕球、三塁へ送球して第三アウトを取ろうとしたが三塁ベ一スに野手が入っていなかったために、二塁へ送球し、第三アウトを成立させた。そのアウトの成立前に、三塁走者は本塁を駆け抜けていた。両チームは試合が終了したと思い込み本塁へ整列、球審のゲーム終了の宣告を待った。球審は適宜な時間が経っても守備側チームにアウトを置き換える意思が全く見られないため、一応、試合終了の宣告を下し、アピール権を消滅させ、その後、規則にのっとって得点を認め、試合続行を命じた。

以上の[例題]プレイでもわかるように、このような場合、咋年までの規則では、球審が一度試合終了の宣告をしてから再び試合を続行するという誠に奇妙な状況になってしまうのです。そこで本年から、このような珍事をなくすために、両チームが本塁に整列した時点でアピール権を消滅させ、試合終了の宣告を待つことなく延長回に入れるようにしたわけです。

しかし、こんな珍しいプレイも、元は守備側チームの不手際から起こるものでプレイヤーが4.09や7.10の規則をしっかりと理解してプレイしていれば、混乱を起こさずに済むことなのです。皆さんどうか、規則をしっかり勉強してください。

なお、「本塁に整列したとき」とは、ひとえに審判団の判断によるものですが、その判断は、あくまでだれが見ても両チームの全選手が戦う意思を放棄して本塁に整列したときという客観的事象が基準となることはいうまでもありません。

8.05【原注】

原文には以前から明記されていたボークルール適用の精神をわが国でも採用

この新【原注】文は、審判員がボークルールを適用するための判断基準をより明確化したものです。実は、この改正文はアメリカの規則書には以前から掲載されていた原文(2)なのです。しかし、それを日本の規則書に挿入するにあたっては、様々な見解がありました。その理由を一言でいえば、ボークルールの適用解釈の意見統一がいかに難しいものか、という論議に尽きると思われます。規則としてきちんと文章化されているものでも、それを実際の動作にしてとらえたとき、どのように理解して当てはめていくのかという決断は、すべてのスポーツ競技に課せられた最大の難事であるわけで、ボークルールもしかりなのです。

そのような理由もあって、委員会はこの原文を掲載することに少しためらいを見せていたのですが、あらゆる団体や年齢層において国際大会がひんぱんに挙行されるようになった今日、やはり原文に記されているものは規則としてきちんと掲載し、そのルールに対して積極的な解釈を施していかねばならない、との結論に達したわけです。

審判員がボークルールを適用することは、多角的に規則をしっかり勉強.して、それと並行してあらゆる投球動作に対しての研究を行い、審判員仲間との意見統一を図り、プレイに対して冷静で客観的な眼力を作ると同時に、勇気をもって対処することが必要です。ゆえに審判員の皆さんは、どうか、投手の動作の判定に厳しく接する前に、自分自身に与えられた使命を十分認識して、真剣に投球動作についての研究を行ってください。そのうえで、自信のある、さらに勇気をもった厳しい判定をしてもらいたいと思います。

以上、本年度の改正ルールを説明しました。指導にプレイに、判定に大いに役立てて、今年も正しいさわやかなべ一スボールを行ってください。